遅まきながら、貯蓄や投資を計画的にしなければならない時代になったなあと実感しています。

年功序列型の賃金制度が崩壊したといわれたのは、バブル崩壊の頃なので、もう20年以上も前のことですが、うちの会社にやってきたのはつい最近のこと。

経営がいよいよ怪しくなって、ついに人件費に手を着けざるを得なくなったようです。

潰れてもらっちゃこまるので、やむを得ないことではあるのですが、これから成果主義的な賃金に移行することになって、まず困るのは若い世代なんじゃないでしょうか。

それというのも、自分のスキルのピークと、家族にかかる費用(いちばんは子供の学費でしょう)のピークがずれてしまうからです。

仕事の内容にもよりますが、スキルの(したがって給料の)ピークの方がずっと早く来る。

だから、意図的に貯蓄や投資をしなければ、生活費のピークを越えられなくなってしまう。

年功序列型賃金は、いってみれば社内で貯蓄をしていたようなもの。

これからは、社外できちんと貯蓄や投資ができなければ、学費に困る子供がますます増えてゆくのではないでしょうか。

私も、いまさらながらNISAって何だっけと、調べなおしているところです。

年休支給開始年齢が62歳と知りながら、思うところがあり定年前の59歳勧奨退職しました。退職金の半額で年金支給日まで生活費は大丈夫だろうとどんぶり勘定でスタートして2年がたちます。

収入0なので預金は減るばかりです。光熱費、下水道料金、食費、電話代、太陽光発電のローン、nhkの受信料、新聞代、母の後期高齢者医療保険料、車の任意保険料などなど、その上に住民税、固定資産税、健康保険料、自動車税等々、目を見張る勢い、雪だるまのごとく預金残高が減っています。

こんなにかかるとは思ってもいませんでした。記帳するたびに寂しさが増します。さらに不意の支出も結構あります。慶弔費、地区会費、水利費、家庭菜園の苗代、お寺のご布施、赤い羽根・緑の羽根募金、置き薬代、愛猫の餌代などなど、本当に本当に減るばかりです。

心細い限りです。月給の偉大さ、再認識です。退職年齢を1年でも早まったと思ってしまいます。就職する20代の頃は、60歳になったら悠々自適の生活だろうと夢見ていましたが、無残にも打ち砕かれました。政治が悪いと愚痴を言っても解決しないのでそろそろ再就職か何か別の収入のあてを考える今日この頃です。

私は四人兄弟の長女。

小さい頃は4人も兄弟がいると友達から『子だくさん⁼貧乏の典型』みたいに思われそうで、おせっかいにも家庭科の授業で「みんな何人兄弟~?」と先生がその話題に触れようものなら、ワザと3人のところで手をあげておきました。

上3人は年子の女の子なのでおさがりはほとんどきかなかったのですが、今思い返せば習い事は多い時期で3つはやらせてもらえたし(英語・空手・そろばん)、部活も存分に楽しんでできていたような気がします。(部活は夏合宿・コンクールへの参加費・講師への謝礼etc.なにかとお金のかかるブラバン。)

ただ、教育費に関してだけは兄弟間で大きく差がついてしまったような気がします。

いちばん上の私と弟は4年制大学へ行ったものの、まず私が仕事が3年続かずフリーター・契約社員を経てそのまま結婚、弟はある時から働きたいと言い出し、3年も経たないうちに退学してしまったのです。

父は教育ローンの取り下げにだいぶ苦心したようです。

私は今年、卒業してからずっと払い続けていた奨学金を35歳でやっと返し終えました。

子どもが小さくまだ安定して働けず&主人が契約社員だったこともあり、なかなか暮らしが安定しなかったので貯金も聞いてビックリするほどしかないですが、肩にのしかかるものはすっかり消えました。

それでも働けない時期は主人のお金で払っていたので、何とも心苦しかったです。

一番ヤバイ時で4ヶ月分も滞納してしまいましたからね…。

奨学金については櫻井君主演のドラマでも重いテーマとして扱っていましたが、親が子供のためと思って安易にお金を借りる手段を選んでも本当にいいのかな、なんかソレってちょっと違う愛情の示し方なんじゃないかな?と疑問に思いました。

お金は、貯め込むだけじゃなくしたいことや欲しいものために使ってこそ活きてくる資産だと思うのです。

お金⁼汚い・汚らわしいモノとして見る色眼鏡をまずは大人から外して、それこそファイナンシャルプランナー3級ぐらいで得られる知識を子供たちにわかりやすく教えてあげられる授業があったらいいのになぁ…。